散椿静動

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 椿の花びらには、桜とは異なった種類の「散る迫力」があります。
 植物の花が散っている、というよりは何かの肉片がぼたぼた大地に散らばって滲んでいくよう。

 先月他界された中川幸夫さんの、密閉容器に大量に花びらを集めて、ぐずぐずに形が崩れた状態で容器をひっくり返したパフォーマンスの写真を以前何処かで拝見しましたが、ああいうぞくぞくを思い出します。(花びらは椿ではなかったと思いますが。)
 お会いしたことはありませんが、図版を拝見した途端に、美醜を超えた命の奥行きを瞬間的に目の前に盛られたような爽快さを感じ、あ~分かるなあ・・・と勝手に共感したりしていました。
 何が分かるのかと聞かれても困るのですが「やりたい」「気持ちいい」って感じです。余計分かりづらくなった・・・。

 椿と言えば速水御舟の「名樹散椿」も思い出します。
 実際にあった京都の椿をモチーフにしたそうですが、花びらが1枚ずつ散った珍しい樹だったそうです。
 意匠化され、距離を置いたような冷めた表現に見えます。あそこまで完全にコントロールが利いているとつまらなくなりそうですがそうはならない不思議。完結している静かな世界に、椿の花びらだけが落ちる音を立てているという感じがします。

 
 余談ですが「中川さん」と「速水御舟」って後者を呼びつけてますが、中川さんを「同時代を生きる人」という風に思ってのことです。速水御舟は作品がセットになっているのでもはや名前が記号なのです。さん付けのほうが違和感があります。

 ともあれ赴きは違いますが、両方とも花をモチーフにした表現。
 その作品を見たときに感覚や記憶が蘇って見る人の何かが震える。こういういのをたった一つの作品でやってしまうのはとてつもない集中力だと思います。
 中川さんの作品は一見中身はどろどろの「動」ですが、ひっくり返した状態からはそれ以降の沈黙「静」を感じますし、速水御舟の作品は「静」の世界そのものの中にかすかな「動」がある故にそれが際立つのだと思います。

 同じものを見ても見ているものは違うってことを思い切り、フルスイングで教えてくれている気がします。
 あそこまで思い切りバットを振れるようにしなければ他人を震えさせることはできないんですね。
 

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