残暑の蓮

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 日光の大谷川公園へ。広大に整備された芝の公園です。遠くまで続く丘にちょっとワイエスのテンペラを思い出しました。
 女性のヌードをイメージさせるようななだらかな丘と白を撒き散らしたようなプカプカ浮雲。日差しは強烈ですが、なんとなく風は埼玉よりもちょっぴり涼しい気がします。
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 散歩した後、蓮を描きました。去年の夏辺りから気になって時折描きます。ひらひらと波打つ葉の縁のところを筆で追うのに夢中で1枚2枚描いたところで包み込むような形と生命の種を育むようなイメージを重ねてみたくなり、3枚目以降は絵の具を変えて、今度は丸まった葉も描く。
 思想と自然、自分と他人のモノにまつわる意識無意識を絵の上でどう出会わせるかと思案しますが、それを絵の上で探りつつ目の前で発生していく高揚感は版下を準備する版画ではほとんどありません。ドローイングに顕著な面白み。
 今まさにどこかから湧いて出たモノが上げる産声を聞けるのは作家の特権、などと言っても必死で描いているので出てきたことに気づくのは我に返ったときです。
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 今回は自分と蓮の境界が曖昧になっているときがあった気がします。作品と作者とモチーフの関わり合い、制作の傾きの揺らぎ。足に蝶が止まった事に気付きませんでした。

 最後に宿近くの廃屋を押し潰していた藤を1枚描いて帰路。この1枚もいつかどこかに繋がるのかもしれないし、それに気づかずに過ぎ去るのかもしれません。
 意識の意味付けから逃げ出したい気持ちが無意識の危うさを呼び込み、果てしなさ過ぎる無意識の寄る辺無さが意識に囚われる窮屈さを誘います。
 
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 行き来しながら作品は真ん中を目指します。

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