飾り付け

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 張り詰めた空気が少し緩んだような気がします。梅も咲いています。  個展の飾り付けをしました。スタッフの方のてきぱきした動きにいつも助けられます。  
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 展覧会前に東京新聞と朝日新聞に取り上げてもらいました。これを機に興味のある方々と出会いがあると嬉しいです。
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 個展は明日(20日)から。 https://www.isetan.mistore.jp/urawa.html

浦和伊勢丹個展'19「行き交ふ」

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 地元浦和伊勢丹で4回目の個展を開催します。この会場では2年ぶりの個展です。  去年から引き続き、襖や障子、屏風などの間仕切りをテーマとした作品を発表します。  間仕切りは視界を遮るものでありながら、天候や時間の移ろいという捉えどころのないものをこちら側へ印象深く伝えます。間仕切りが誘う空想の去来をテーマに和紙にペン、金箔を用いたガラス絵、銅版画など新作を含めた約30点を展示販売します。  会期中は在廊しますので、是非お越しください。

師走

 伊勢丹浦和プチギャラリーにて開催しました個展「光の糸」終了しました。案内状を見て初日から駆けつけてくださった方や、会期中も多くの方々が来場してくださり、自分としては新しい素材への試みであるガラス絵を受け入れていただいていることを実感出来、自信がついた1週間でした。年末もテーマ、素材の扱い共々、益々のクオリティを追求していきたいと思いました。
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 年末までまだまだ展覧会は続きます。師と呼ばれる身ではない自分も走り回っている感覚です。  リトルクリスマス版画展は今まさに全国で真っ盛り。手持ちのエディションが既にない作家も続出の今回。まだこれからの展覧会では入手出来るチャンスもありますので、お問い合わせください。会期、会場、作品のチェックは以下から。 http://www.little-christmas.com  そして恒例の広島福屋でのMVWは去年に引き続き2度目の参加です。新作ガラス絵を携えて行ってきます。  この展覧会の一番の特徴は、来場者の方による「良かった」「もう一度見たい」という作家への投票です。そして実際に投票が多かった側(Men or Women)が、勝ち組展を来夏に同じ会場で開催します。  投票、というのは美術においてはあまり聞きなれないかもしれません。そぐわないという意見もあるでしょう。しかし、全く個人的な判断で「自分のお気に入り」を選ぶという機会が、実際の展覧会場にあるというのは意味があることだと私は考えています。満遍なく絵を眺めていた時よりも、その作品について一歩踏み込んで楽しむきっかけになるからです。その作家を推す理由が自分の中に見つけられるというのは、次に他の作品や作家に触れる際の尺度になるかもしれません。  敷居が高く思われがちな美術も、「なぜかこの1枚に惹かれる」感覚というのは誰しもあることと思います。そしてそれは美術との関わり方の源泉ではないでしょうか。  今年は今までの作家をまとめたHPもありますので、是非ご覧ください。 https://mvwtenji.wixsite.com/mvw-hp

「光の糸」

 普段はじっとしているけれど、網に獲物が触れた途端に素早く捕獲する姿は、さながら優秀な番人のような蜘蛛。ネイティブアメリカンは、寝室に蜘蛛の網状の「ドリームキャッチャー」と呼ばれるものを吊り下げ、悪夢を引っ掛けてもらうそうです。悪夢と共に大事な報せが外からやってくるから、フィルターが必要という風習は興味深いですね。  11月29日(水)~12月5日(火)、伊勢丹浦和プチギャラリーにて個展をします。蜘蛛の糸、網をテーマにした新作のガラス絵を中心に銅版画、コラージュなど40点ほど飾ります。
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1人で大人と子供

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 伊勢丹浦和美術画廊の4人展「風は西から」終了しました。地元の展覧会。地元のメディアに取り上げてもらったり、知り合いがお子さん連れで来てくれました。子供が多いということが前回よりも記憶に残りました。よく動き回るようになったからか。彼らの成長に合わせてワークショップが出来たら面白いかもなぁとふと思いました。  後日のこと、作品を購入していただいた、近所の小学校時代の同級生のご母堂のお宅に作品を届けにお邪魔した際、彼の小学生の頃の絵や立体作品が飾ってあったので話題になりました。  例え将来美術の仕事に就かなかったとしても、自分の子供の中にこういう部分があるというのが大切なのだと思うと語ってくださったのが妙に心を打ちました。人間は色々なモノに触れて時間をかけて出来上がっていく中で、時折決定的な何かがあるのだと思っていますが、幼少期に絵を描いていた、モノを作ってみたというのは、そういうことが一切なかったというよりもかなりいいのだ、という説明できない確信をスケッチブックをめくりながら感じていました。こうやって何十年も経って見返して、誰あろう「その子」の唯一の作品を本人や周りの人間が楽しめる、というのもカタチが残る美術ならでは。  展覧会で作った寄せ描きの銅版画体験。版を腐食して作りました。
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 この版を見て、高校時代からの付き合いの来場者の友人が、最近子供の絵を楽しめるようになったと言っていました。大人になったり、絵に慣れていると、引く線が作為的になっていく。その中でふと子供の線を見ると作為が感じにくい、あるいは能力的に出来ていない部分がある種の良さに繋がっているというような感想をくれました。  ピカソはそれに憧れて、周りのオトナたちの反対も押し切ってそこに飛び込んだのではないかという予想が最近強くなりました。それが勇気がいることも今は少しだけ分かります。  関わり合いが大人になるにつれて「利害」が強くなっていくけれど、絵をただ見るその瞬間はそういうものと関係がないという気がするという彼のつぶやきが、表現活動の本質のところを突いているのかもしれません。  ストレスを感じれば感じるほど、それと切り離された、誰かが夢中で作ったモノに惹かれる気持ちも強くなるのでしょうか。  子供は大人になります。次回の展覧会では、彼らに負けずに、自分も作家として成長したところを見せたいです。
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風は西から

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 今年は下半期に発表が偏っています、個展を終えた熱も冷めやらぬまま4人展に突入しそうです。  7/5(水)~11(火)、伊勢丹浦和店7階美術画廊にて、4人の作家の展覧会をします。総数60点ほどです。  全員埼玉の、浦和西という同じ普通科高校出身で、同じギャラリー上原に縁あって展覧会という運びになりました。一昨年好評をいただき、この度2回目が実現しました。  作家活動を続けていると同年代というのはほとんど意味をなさず、続けてきた作家同士や、それに興味がある、もともと友達ではなかった方々と知り合っていきます。それは作品が繋ぐ縁です。自然と、形式的なだけの「友達」や、偶然居合わせただけの他者とは異なる関わりになっていきます。それが作家活動を通してよくわかる深い人間関係の部分でもあります。  しかしこの展覧会のようにかなり近い歳の作家同士で、しかもいわゆる「美術専門」の芸大美大の仲間関係ではなく、というのは珍しいように思います。それぞれが高校卒業後、別々の進路を歩み、各々の考え方で「絵」と関わっていった先で出会いました。ジャングルの中、独りでサバイバルをして水辺を発見したら、昔離れ離れになった仲間の中の3人とそこで遭遇した、みたいな話です。  今回の展覧会は、額装していないハガキサイズの共通フォーマットのカジュアルな作品もあります。(同階で額も選べます。)「たなごころアート」と名付けました。初めてコレクションしたり、絵を飾ってみたいという同年代のお客さんや、普段のお客さんにも新たな一面を楽しんでいただければ、という思いからです。  会期中は、齋藤による銅版画のコラボ制作、日本画家の瀬下さんによる団扇に墨でペットを描くワークショップなどもあります。
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   私は毎日在廊します。

残暑のアートと冬支度

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 夏のアート展終了しました。 https://isetan.mistore.jp/store/urawa/index.html;jsessionid=3ocyjd5KwniBVygy6LaR-uLxXxOJyf05NBXUWHa3BpyyChXcijVJ!-1912955461ご来場のみなさまありがとうございます。今回は会期中に二十歳の誕生日を迎えるという若い方が2度訪れ、新作のガラス絵を気に入ってお持ち帰りしてくれたのが印象的でした。若いということにも増して作品に向き合う姿勢、その独自のこだわりが言動から伝わってくるのが強い印象を残します。この展覧会はぎりぎりで決まったこともあり、ほとんどが通りがかりのお客さんでしたが、それでもふと気に入ってくれる方や、何度も足を運んでくれる方との出会いもありました。先輩作家の作品と並べて、会場でご本人と沢山話せたこともまた拙作を省みるきっかけとなり、個人的には収穫の少なくない展覧会になりました。  ほぼ平行し、アトリエでは今年のリトルクリスマス版画展のエディション刷りが終わり、乾燥が進みます。
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 せっせと刷る。エディション60部、作家刷り6部、贈呈刷り2部、計68部。失敗も計算して約80枚弱は一度に刷り切る。自分としては新しい試みに三椏紙を使いました。三椏はその名の通り枝が三つずつ分かれていくので「みつまた」と言うんだよ、と習ったのが大学生の頃。あの頃は今よりずっと和紙のことを知りませんでしたが、今もまだまだ。知識ではなく、版画の刷りを通して和紙と馴染むのが作家。水の湿しの加減を調整する為にプレス機のラシャ布と版の間に綿布を挟むというマイナーチェンジ。工夫が上手くいくと嬉しい。  我が蔵書たち重しとして活躍。年末をお楽しみに。
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ゆらめき

 年賀状手擦りで届くと少し嬉しい元旦でした。版画はこういうのに向いていますね。個人が手の届く範囲で広がる数。
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 太陽も、木も各々そのままだとまあ当たり前にそのままなんですが、では太陽が木の隙間から射し込む時に、心が動かされたりしているときはそれらは何か別のモノに変わったりしているのだろうか、と思いつつ散歩。対象は常に知っていると思っているそれと同じモノではないところが触れたり逃したりです。  明けて半月も経ってしまいましたが、そろそろ今年ひとつ目の展覧会のお知らせです。  伊勢丹浦和店、「The HANGA show」  1月21日(水)~27日(火)最終日17時終了。10人の版画作家による3点ずつのグループ展です。  作家は毎日2人ずつ交代で在廊します。  よろしくお願いします。 浦和伊勢丹 https://isetan.mistore.jp/store/urawa/index.html;jsessionid=3ocyjd5KwniBVygy6LaR-uLxXxOJyf05NBXUWHa3BpyyChXcijVJ!-1912955461

1人の作家は1人でない

浦和伊勢丹のグループ展、「アールデビュタントURAWAの足跡ーそれからー」に出品しています。12日まで。齋藤は毎日在廊しています。  個人的には2010年の夏がよみがえる展覧会。偶然新聞記事で見かけた伊勢丹の公募展。近所だから、という何気ない気持ちで参加し、初めて百貨店で作品を発表させてもらう事に。ギャラリー上原とのお付き合いもそこから始まりました。当時は展覧会をする場所としての候補にすらなかった場所でしたが感じたり知ったりすることも多く、4年間の経験を踏まえての応援してくださった方、初見の方へお披露目。
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 初日は埼玉新聞、テレビ埼玉の取材。新聞は7日の朝刊、テレビ埼玉は8日の夜9時半から放送されるそうです。いつも丁寧に取り扱ってくれて感謝。  作家の同僚は他作家ではなく画廊や百貨店の方々、あるいはこういうメディアの方も広い意味ではそうではないかという意識が芽生えました。作品を誰かと繋ぐ。その為に皆が一生懸命動いている。だとすると作家は作る、出す上で益々いい加減なことはしないようにしなければと思います。  自分にとっての「プロの作家像」はその人が大事にしている生き方が出ると思われるのでいつも考えていますが、ひょっとすると作品にまつわる人が1人ではなくなった時に「絵を描く人」は「作家」になるのかもしれないと思うようになった4年間でした。 テレビ埼玉の取材の様子はこちらから https://www.youtube.com/watch?v=31ELZ8FAZ2k デビュタントの最初の取材の様子(2010年)はこちら https://www.youtube.com/watch?v=gaM2c5TjKfQ https://www.youtube.com/watch?v=7u8w-TLjKOU

画廊とデパート

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会場取材

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 個展初日の今日はテレビ埼玉の取材がありました。  アトリエの制作取材に続いて会場の取材。まとめて明日の21時半から放送だそうです。観られる場所の方はお時間あればよろしくお願いします。自宅では観られないので知人に録画をお願いしました。本人がチェックするのは随分後になってからになりそうです。  とても丁寧に1点ずつ撮っていただきました。映るのはほんの一部だとは思いつつも、適当ではない仕事ぶりに好感が持てます。  カメラマンに苦労話を聞いてみたところ、例えば登山の撮影などでは出演者が休憩中もあちこち機材を移動したり、反対側の斜面まで登って遠くから撮ってまた戻ってくるというのはよくあるそうで、「じゃあちょっとあっちから撮ってきて。」というのは簡単だけれど、それをカメラ背負って実行するのは想像するだけで骨ですね。綺麗で優雅な映像の裏では現場の方たちの猛烈なバタ足があるわけですね。弟子修行のようなところから始まって毎日毎日カメラを担いで現場を走り回る、う~ん立派です。今日もこちらはほとんど動かず、先方があれこれ動いて済んでしまいました。メディア関係の人はなんとなく雰囲気がてきぱきしています。 https://isetan.mistore.jp/store/urawa/index.html;jsessionid=Zs3cXj-KCFVXdz1pST9FlPVFf_8u9qWjKTZqKFeILKEYRLMLxOj0!1514355403

秋立つ搬入

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 昼間はまだ暑くともそよりと吹く風は涼しく、過ごしやすい季節の個展です。  夕方頃浦和伊勢丹の7階へ作品を搬入しました。  何度か展覧会をやったギャラリーですが、自作だけで埋めるのは初めて。  会場のどこにどう飾ろうかを、自分の作品の中だけから自由に選べるのが個展の醍醐味です。同じ作品でも空間が違うと置き方も変わり、印象も変わる気がします。全部で丁度30点。今回は中だけでなく外の通路も占領させていただきました。  連作をやってみて出来たものを見ていたら、もう少し煮詰めて違ったカタチにしたくなったのに合わせ、パステルと水彩等で小さな和紙に。このあたりのは次の個展に続いていきそうです。銅版や水彩、パステルを行き来しつつという状態がひとつの技法にいるよりも今のところ都合がいいよう。  搬入は小柳さんという主に銅版を使う作家と入れ替わりでした。彼女もギャラリー上原と繋がりがあり、自分の搬出をしてこちらの搬入を手伝ってくれました。4人もの頼れる助っ人のおかげで見る間にいい空間が出来上がりました、感謝。ちなみにお隣のギャラリーは陶芸。反対側の常設も陶芸なので、陶芸と陶芸に挟まれて自分のスペースだけ明らかに奇妙な作品群。逆に引き立って見えるといいな。そういう予測不能なところもデパートはなんだか面白い。  いつものように今回もあっという間に1週間が経ちそうな予感が今からしていますが、出会いに期待しつつ、なんとか無事に初日を迎えられそうです。
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秋の個展と訪問取材

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 個展をやります。浦和の伊勢丹プチギャラリー。来月3〜9日です。 https://isetan.mistore.jp/store/urawa/index.html;jsessionid=Zs3cXj-KCFVXdz1pST9FlPVFf_8u9qWjKTZqKFeILKEYRLMLxOj0!1514355403  実家から自転車で行ける距離ですが自分の展覧会で関わるまで不思議にもデパートは自分の発表とは無関係と決め付けていました。  画廊、美術館、デパートなどなど、作家が発表するそれぞれの場所には特色はあるようですし、これまでの作家と顧客が築いてきた独自のイメージもあるとは思いますが、何にせよ知らない世界と作品で繋がるのは面白いことだと思っています。実はデザイン関係のコンペに出品したりして、場違いな思いをしたりするのが結構好きです。そこには思いがけない広がりがあったりするのです。思い切って飛び込んでみたら、お互いの住み分けなどただの妄想だったと知ることも多く、無知ゆえについつい自分の世界をがんじがらめにしてしまいます。注意しなければ。  浦和方面にお越しの際はお立ち寄りください。夕方以降なら毎日、土~月は朝からいます。  今日はアトリエにテレビ埼玉の方達が個展前の取材に来ました。  現在自分の作品を扱ってもらったり展覧会を企画していただくギャラリー上原と浦和伊勢丹が若手作家を育てる目的で一昨年開催したコンペに参加した際に、そのコンセプトに興味をもって取材にいらしたのがテレビ埼玉でした。その時も埼玉ゆかりの作家ということで、以前のアトリエまでわざわざ来てくれましたが、今度は個展をやらせていただく事になったのでまた改めての取材。  インタビュアー、カメラマン、ライト持つ人。テレビは反対側に沢山人がいますね。ピンマイク付けてその人達の前で話すのはちょっと不思議な感覚。  大勢の前で生で話すのはあまり緊張しない方だと思っていますが、マイク付けカメラ向けられて、さあ話せというのは一種異様な空気です。  テレビの前にはもっと不特定多数の人達がいるわけで(もっともこの取材は全国放送に比べればものの数でもないので大袈裟ですが。)、カメラのかもす空気はそういう向こう側の見えない人を想像するからなのか、記録されることへの抵抗か、現場の空気感などが抜け落ちて歪曲されて伝わる不安なのか。  でもこれは全ての表現にも当てはまることなのかもしれないなあと思いました。側面を増やす事で色々な角度からその人のやっていること、やろうとしていることが見えるという考え方も出来ますし、 所詮はどこまでいっても群盲撫象の範疇なのかもしれませんが、これまたあれこれ考える前になるべく具体的にやってみようと思います。  これも広がった輪のひとつ。完全に想定外の輪ですが、想定外こそがやはりいつも面白いと思えるポイントに成りえます。