バビルサと蝶

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 毎年その年お世話になった方々へ年賀状を作っていたのですが、年末年始展覧会と制作続きで隙がありませんでした。そこで遅らせて2月の個展のご案内と一緒に送らせていただくことにしました。
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 今回のテーマは鹿猪。バビルサという名前の方が一般的でしょうか。自分の牙が口を突き破り、終いには自分の頭部を突き刺すほど伸びてしまう不思議な猪です。(実際には頭部に刺さるのは稀だそうですが・・・)話だけ聞くと滑稽ですが、見た目は中々威厳があります。  角がある動物はどこか神聖な雰囲気を纏いますね。バビルサは牙ですが、どうせならもっともっと伸ばして鹿の角のようにしてやろうと思って描きました。蝶がどこかから飛んで来れば花札ですね。 これから寝不足に気をつけつつ毎晩少しづつ送ろうと思います。もうしばしお待ちを。今年もよろしくお願いします。

アヌビス年賀

 年末は毎年恒例の木口木版の年賀状を作っていました。戌年にちなんでエジプト神話のアヌビス神をテーマに。魂が迷わないように道案内をする神様です。
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 ビュランを研いで、木口面を磨いて、シャープに彫っていきます。馬連で薄い雁皮紙に擦り、台紙に張り込んで完成。文字にするとなんともシンプルな技法。しかしシンプルな技法ほど、ひとつずつの工程にそれぞれ気を遣う点が多くあるように感じます。自分にとっては年に1度の極小画面と言えども、10回目ともなると独自の工夫が積み重なってきました。手探りでもやり始めると、それまでの自分の中の「小さな常識」を広げることが出来ます。でも擦りはまだまだ。  木版画は版画の技法の中でも特に、「擦りの力加減」による出来に幅が出ます。馬連を通じて手に伝わる微妙な力の塩梅が肝。それは熟練を要するということでもあるし、裏を返せば擦りによって相当絵を工夫する余地があるということです。これは銅版画にはほぼない木版画の特性と言えるでしょう。  版画の特性に限った話ではなく、作家にとって新たな魅力ある素材との出会いと、その使用した際のギャップ、またそれを埋めていく為にあれこれ工夫を凝らし、時間をかけて自分なりに身体にそれを慣らしていくような時に、いつも「十牛図」における牛との綱引きの図を思い浮かべます。そう言えば初めて10年前に木口木版画を擦ったテーマも十牛図でした。  銅版画の他に、技法を広げ本格的に発表し始めたのが去年。今年は更に深化したものをご高覧いただけたらと思います。しばらくは制作中心でアトリエ籠りです。
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酉年年賀の作り方

 柘植の木口を磨き、墨を塗る。
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 絵を考えて、ビュランで彫る。今回は燕と子安貝がモチーフです。
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 制作中に出た雁皮紙の端切れを大体の大きさにカット、馬連やスプーンなどを準備。
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 刷って刷って刷って・・・乾かす。銅版画と違い、刷るスピード自体は早く、刷る力加減によってだいぶ変化がつけられます。
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 雁皮紙の余白をカットし、台紙に張り込み、押印。雁皮紙はさまざまな色です。
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 あとは宛名を書いて、郵便屋さんにバトンタッチ。  お世話になっている方々への年に1度のささやかなご挨拶。お楽しみに。

和紙端切れ

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 年末が近くなると木口木版を作ります。新年の年賀状用。  板目と違い彫り跡が均質で細かい描画に向いている西洋の古典的な木版技法。銅版でも使うビュランという掌に収まる刀のような古い道具を用い線を刻みますが、銅とは異なるサクサクとした彫り感と独特な擦り上がりは作り手にとっても魅力的でたまにやりたくなります。やはり何か彫っていると落ち着く。  自己流。毎年色々なところでつまずき、完成にムラがありますが年賀状ということで愛嬌と思っていただければ幸い。今年は割と彫りも擦りもスムーズに進みました。銅版と比べると彫りは時間がかかりますが擦りのスピードは比ではない。凸部にインクが乗るので当然。小サイズとはいえ休憩をはさみつつ4時間ほどで100枚を超えました。次々に自分の手で擦り上がったものが並んでいくのを見ると気分がいい。仕事したなあと感じられます。  写真は擦りに使用した紙。今年制作で使った様々な雁皮紙の端切れを使います。和紙は微妙な色合いが総じて美しく、・・・そして高価です。ところが制作中どうしても端切れが出てしまいます。端まで同じ質のものなのに捨てるのは忍びなく。そこでとっておいて、年末に活躍の場を、というわけです。

ゆらめき

 年賀状手擦りで届くと少し嬉しい元旦でした。版画はこういうのに向いていますね。個人が手の届く範囲で広がる数。
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 太陽も、木も各々そのままだとまあ当たり前にそのままなんですが、では太陽が木の隙間から射し込む時に、心が動かされたりしているときはそれらは何か別のモノに変わったりしているのだろうか、と思いつつ散歩。対象は常に知っていると思っているそれと同じモノではないところが触れたり逃したりです。  明けて半月も経ってしまいましたが、そろそろ今年ひとつ目の展覧会のお知らせです。  伊勢丹浦和店、「The HANGA show」  1月21日(水)~27日(火)最終日17時終了。10人の版画作家による3点ずつのグループ展です。  作家は毎日2人ずつ交代で在廊します。  よろしくお願いします。 浦和伊勢丹 https://isetan.mistore.jp/store/urawa/index.html;jsessionid=3ocyjd5KwniBVygy6LaR-uLxXxOJyf05NBXUWHa3BpyyChXcijVJ!-1912955461

遅れてくること

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 リトルクリスマスはおかげさまで過去最高の売上だったそうです。20代の完売作家が出て、30代の作家も売れてきました。これはこの展覧会の主旨、版画の種を蒔こう、が成功しているひとつの結果だと嬉しく思います。若手作家と画廊、お客さんの繋がりが生まれているということ。それも含め一年応援していただいたお客さんに次の良き一年を祈って年賀状を1枚1枚手摺りします。  ビュランを使って小さな木口に絵を彫る。  利便性、あるいは自分のテーマ性に沿っているなどというアタマで考えた理由に立脚しているわけではなく、行為や素材自体に魅力を感じ試みている印象の強い媒体だと思いつつ年輪を見つめる。ビュランの研ぎも鉛筆を削るように・・・とまではいきませんが下手なりに少しずつ不便には感じなくなりました。(これが相当絵に影響を及ぼすことが年々分かってきました。)  本来は合理的に考えて素材を選ぶのが良いなと思うし、それが結果的にもはまれば理想的だとも思いますがどうにもできない。気になってしょうがない、が発する引力は侮れないし、無意味でもないだろうということにしています。しかしそのままでいいわけではなく、そこはやはりツケを後に回すだけで、作りながら考えないことには進めなくなります。当然欲しい時に答えが見つからない時も多く、ぐるぐる迷い道。自分でやっておきながら自分がやっていることに謎が残るという矛盾した活動を抱えることになってしまうのは避けがたいのです。  この辺りの事を語るのは難しく、聞く人にとてもいい加減な印象を与えてしまう恐れもあるし、実際いい加減なのかもしれませんが・・・。  本当に時々ですが過去の自作がすっと腑に落ちることがあり、そうなるとちょっと先が見える気がするのでありがたいことです。あ、これ、やった方がいい、やりたい。という所からスタートしてしまう、それはやはりそうなのだから仕方ないのです。  絵が恐ろしいのはただ羊の絵を描いただけなのにそれだけでは済ましてもらえない、その時の考えた事が見え隠れしてしまうというところです。  絵がそうならば素材もそうなのだろう。腑に落ちる時間差はどれも違うのですが。
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今年最後の制作

 個展の搬出が終わってから、今年最後にやり残した事をやりにアトリエへ。  年賀状も版画でと思い、木口木版で作りました。大学時代、やっている友達を横目で見ていましたが習っていませんので自己流。
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 まず木の木口面を磨きます。板目と違ってかなり細かく彫れるのが特徴。  120番くらいから2000番まで番数を上げて磨きました。スプーンが反射するくらいで、気持ちいい。
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 ビュランという手のひらに収まる彫刻刀を握って彫ります。銅版でも使うまっすぐシャープに彫れる刀。曲線を引くときは自分の手ではなく版の方を回します。
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 バレンは甲芯バレンの専門家用にしてみたところ今までで一番擦り易かった。  個展中にいただいた生姜湯を飲みながら深夜にエディション擦り100枚。  銅版と違って、微妙な力加減で大きく擦り上がりが変化するのが木版。水性木版ほど顕著ではない西洋木版と言われる木口でさえも安定させるのが難しい、まだまだです。  
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 これまた銅版でも使う極薄の、繊維の細かい和紙である雁皮紙に擦り、それをカットして貼り込みます。  ここ数年で少しずつやり易いように変えてみてようやく掘った線を一応擦り取れるようにはなってきました。時間かかりますが、これはのんびり。  年内ぎりぎりまでやっていますが結局こういうことが好きだということになるのでしょうね。展覧会も販売もしないけれど、届ける人の顔を思い浮かべながら黙々と手を動かす、楽しい。やることがはっきりしているのは身体が喜ぶ。  今年は初めて個展が3回もあった賑やかな年でした。いい縁に恵まれたくさんの方々にお世話になりました。感謝と新年もよろしくが伝われば幸い。  この気まぐれnoteも1年続きました。読んでくださった方、ありがとうございます。  良いお年をお迎えください。